不用品回収を大勢に知ってもらおう
リオのフアヴエラを一掃しようとする動きも、このような現実のなかでは無駄に終わり、一九七九年、当局はついにスラム街の合法化と住民の衛生及び社会状況の改善を進める政策に乗りだした。
そしてロシーナ地区がそのモデルケースとして選ばれ、ユニセフ(国連児童基金)の援助を受けながら、街の浄化と教育、ならびに住民の健康という観点から、実験的な計画が開始されたのである。
この計画は人的資源を考慮し、地元の資源の活用を優先するものであったが、とくに事業の構成、実現、管理は地元のコミュニティが中心となって行うものとした。
こうしてフアヴェラドスは、自分たちの生活を自分たちの手で変えようとする主役となっていった。
住民の参加によって、住民自らが地域社会の現実を考慮した適切な解決策を選択できるようになったのである。
ロシーナは、車の進入路が狭く、急な傾斜地にあることから、家庭ごみの処理が難しかった。
トラックや小型トラクターはもちろん、荷車でのごみ収集にも適さない地形にあった。
また、捨てられたごみが地面を覆い、杭を打って建てられたあばら屋の軒下にもごみが積みかさなっているため、腐敗臭を放ち、ネズミや虫を引きよせるもととなっていた。
ロシーナの住民は市から要請を受け、技師と協力して、この難題の解決にあたった。
二つの装置が導入された。
ある一画では、丘の上と下にある二つのごみ倉庫を結ぶための空中ケーブルが備えつけられた。
上から運ばれたごみを下に降ろすと、そのごみが定期的に市の回収業者によって回収されるという仕組みである。
別の地区では、住民による話しあいの結果、コンクリート製の傾斜路の設置を決めた。
この傾斜路を利用してごみを丘の下まで滑らせる回収法である。
設置工事はフアヴエラドスのグループによって手際よく急ピッチで進められ、週末を数週間費やしてできあがった。
この共同作業により、ロシーナ地区の住民同士の団結力が強まった。
とはいえ、住民によるボランティア活動が可能だったのは、行政当局の後押しによるところも大きい。
当局の助けで建築資材を購入する予算が得られ、定期的なごみ収集が保証されたのである。
また、当地の公衆衛生に対する取りくみは、市の技師とフアヴエラの代表者との対話に基づいたもので、これに当地のあらゆる階層の人びとが参加して行われた。
この方法は、衛生状況を改善する実験を成功に導く重要な鍵となった。
残念なことに、こうした試みがすべてスムーズに運ぶわけではなく、失望をまねくこともある。
事実、失敗に終わった計画もある。
たとえば、導入される技術の水準が高すぎて経費がかさんだ場合、あるいは、住民のニーズを十分考慮せずに計画を強行した場合がそうである。
ブラジル北東部に位置するレシフェ市では、一九七九年、都市整備機関(FIDEM)によって都市浄化の計画が入念に練りあげられたが、実現には至らなかった。
この計画は、トラックで収集したごみを処理するために、市の北と南に二つの管理型ごみ処分場を建設しようとするものであった。
ところが、市の清掃技師の反発にあった。
この方法では廃棄したごみが有効活用できないばかりか、機械化によって雇用が削減されてしまうというのがその理由であった。
住民もこれに反対するデモを組織した。
また、レシフェ市の北東に位置するオリンダ市でも、ごみ処分場の用地をめぐって紛争が起こった。
住民たちは、自分たちに何の事前相談もなく突然町にブルドーザーがやってきたことで、はじめて自分たちの住む密集地区のすぐそばにごみ処分場が建設されようとしていることを知らされたのである。
住民はこの侵害を宣戦布告なしの開戦と受けとり、抗議運動を開始した。
別の計画を準備していたオリンダ市の市民団体や技師がこの反対運動を支援することによって、最終的に州知事は工事の中止を決定した。
そして知事は、「市町村に関わる問題については、各自治体の意向を考慮すべきだ」との勧告をだした。
市の技師によって貧困にあえぐノルデスト地区に提案された新しいプロジェクトは、あらゆる浪費に対して断固戦いを挑むものであった。
ごみの運搬費を削減するために、ごみ処理を地区ごとにわけるよう推奨し、リサイクル資源の活用も地区単位で行った。
各地区ごとに、土壌改良を目的としたコンポスト装置の設置を決め、一九八五年末には五つの装置が稼働することとなった。
また、企業が関心をよせる資源ごみの回収計画も考えられた。
ところが当地では、リサイクル品を買いとる仲買人が、いまだに平然とくず屋を搾取していた。
たとえば、空き缶の場合は、最初の仲買人がこれを四サンチームで買いとると、次の仲買人はそれを八サンチームで買いとり、最終的には工場に三〇サンチームで売り払うという悪徳商法がまかり通っていたのだ。
そこで、オリンダ市の廃品回収業者は、流通網を短縮し、「個人が儲かるオフィス」として協同組合を設立することにした。
このくず屋の協同組合は「カタドーレス」と総称され、ブラジル全土に拡大していった。
たとえばサン・パウロ市では一九八九年、カトリック団体の支援によりコーパマーレという組合が創設され、設立から四年後には加入しているくず屋が五二人となっている。
廃品の販売価格の上昇にともなって、各人の収入も平均して四〇%アップした。
組合側はリサイクル品をストックし、仲買人による細かな介入を防止し、中堅の小売商にじかに回収品を売ることによって、売上の一割を手数料として徴収した。
「カタドーレス」の目標は、国の経済発展と環境保護にとって重要な役割を担う組織として、自分たちの活動が社会的認知を獲得することである。
コーパマーレは事業運営のために、政府からわずかではあるが補助金を受けている。
サン・パウロ市の南西に位置するボルト・アレグレには、二〇〇人余りのくず屋がいるが、全員、当地にある五つの協同組合のいずれかに加入している。
くず屋は、通りに置かれた専用のごみコンテナのなかから、リサイクル資源を仕わけせずに一括して集めてくる。
それを専売所まで運び、分別してから、袋づめして販売する。
一部のくず屋は、収入の一〜二%を組合のE助金として積みたて、住民がごみを出さないオフシーズンの窮乏に備えるための資金として蓄えている。
市の助成を得て営業するように・なってからは、労働条件や生活状況も大きく改善された。
廃品回収者の役割は、リサイクル活動にとって重要であることは言うまでもないが、ごみ管理システムという流れのなかでもいっそうその重要度を増す。
リオ・デ・ジヤネイロ市では、公共事業によって回収される家庭ごみのうち、紙類の割合は一九八一年には四二%であったのが、一九九三年には二四%に減った。
これは、景気の後退が主な要因ではあるが、景気後退期の臨時の収入源として、くず屋による通りでのくず拾いが増えたことも要因となっていた。
リサイクルを行う企業側では「カタドーレス」を支援することで、「リサイクル資源」の回収量が増え、分別にかかる経費が削減できることを了解した。
たとえば、パラナ州の州都クリテイパの一九九四年の数字によれば、一トンあたり一七九ドルのリサイクル資源を、公共事業では八〇〇トン回収できたのに対して、一五〇〇人のくず屋はその四倍の量を集めた。
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